ンゴロンゴロ自然保護区のシマウマとヌーの大集団
旅程図
ンゴロンゴロ自然保護区のシマウマの群れ
ンゴロンゴロ自然保護区のダチョウの群れ
ンゴロンゴロ自然保護区の美しい毛並みのトムソンガゼルの群れ
ボンネットの上に横たわる雌ライオン(車中より写す)
草原を一列に進むキリンの一群 アンボセリ国立公園で
子ソウを囲んで歩むゾウの一群 アンボセリ国立公園で
朝日に映えるキリマンジャロ山(手前は雌雄のライオン)
伝統の踊りで歓迎するマサイ族の女性
マサイ族の伝統の住居の前で。
立派な角を持つ雄1頭がハーレムを作るインパラの群れ
ナクル湖のフラミンゴの集団
もくもくと草を食む白サイ
疎林帯を行くキリンの集団(マサイマラ)
狩をした獲物を食べるライオン(マサイマラ)
大草原の落日(マサイマラ)
   東アフリカ動物王国観光紀行
 この夏6月下旬から7月上旬にかけて、東アフリカのケニア・タンザニアの国立公園・自然保護区を巡り野生動物を見るツアーに参加した。これは動物好きの家内の多年の願望を満たすため思い切って実現したものです。
 ケニア・タンザニア両国は地理的にはほぼ赤道直下に位置するので、さぞや灼熱の地かとも思われる人も多いと思うが、ケニアの首都ナイロビは海抜1700メートルの高地にあり周辺の公園・保護区もこの前後の高地なので、意外と涼しく日本でいえば信州の高原に匹敵する。日中は日の光も強く当然暑いが、乾燥していることもあって朝・晩の冷え込みはきびしく、まるで一日の内に四季が巡るような感じです。ある高原のロッジでは明け方の冷え込みをカバーするため湯たんぽをサービスしていたほどであった。
 この地に行くのには大変時間がかかります。ヨーロッパ経由で行きましたが、アムステルダムまで約12時間、そこで一泊してそこからケニアの首都ナイロビまで8時間合計20時間です。
 さてツアーですが、ナイロビで一泊して翌朝早く50人乗りの小型機にて山頂の雪が朝日に映えるキリマンジャロ山(海抜5895m、アフリカ大陸最高峰)を眺めつつタンザニアのキリマンジャロ国際空港に着く。
 そこからメルー山(海抜4566m)の麓のアルーシャを経て、本場のコーヒー農園を見学・休憩した後、サファリ・カーを兼ねた4WDワゴンに分乗して「ンゴロンゴロ自然保護区」を目指す。道は途中までしか舗装されてなく烈しく揺れることも多いので持参した座席用のクッションが役立つ。午後も遅く16時頃ンゴロンゴロンに着く。ロッジはクレーターを取り巻く火口縁の山頂にあり、クレーターの全貌を見渡せる。嘗てイギリスの植民地であった名残りか、なかなか瀟洒な建物で構成されている。翌日より愈々待望のサファリが始まる。日本を発ってから4日目になる。
 ンゴロンゴロ自然保護区は、南北16km,東西19kmのクレーター底にあり、取り巻く火口縁との標高差は約600mあり外部とは殆ど隔絶されている。人間という動物が棲んでいない数少ない野生動物の領域であり、人間の立場からみると、それぞれ食糧を自然の中から自ら調達する野生動物の一大動物園ともいえる。キリンとインパラ(中型のレイヨウ類)を除く東アフリカで通常見られる殆どの動物が棲息する。ガイドブックによれば3万頭以上の動物や鳥たちがいるという。火口原内の湖にはフラミンゴが群れをなし、河馬も棲んでいる。サイは減りつつあり、豹はみられない。またゾウは雄だけ。雌と子ゾウは外にいるという。理由はクレーターの中だけでは大食漢のゾウが成長するには十分の草木が不足とのこと。繁殖期には雄ゾウが山越えで雌の集団に赴くという。
 午前8時いよいよサファリ・カーに乗り出発する。クレーターの草原についたが、最初の内はなかなか見つからない。 初めて2頭のバッファローを見つけた時歓声をあげる。それからだんだん奥のほうに進んでいくと次々といろんな動物が見られるようになってくる。グランドシマウマ、ヌー、トムソンガゼルなどの草食動物、ダチョウ、イボイノシシ、ハイエナなど次々に現れる。草食動物同士は仲がよい。特にシマウマとヌーは混在していることが多い。一説にシマウマは草の上部を食べ、一方ヌーは下部の根際を好むから一緒にいる方が都合よいとか。小さな池に近づくと、池のなかに沢山の河馬が群れをなして水に浸かっている。池にはペリカンやサギ、さらには名の知らない鳥がおり、中には河馬の背中に乗ってついている虫を食べているのもいる。そのうち草食動物の大群に出会う。何百頭もの動物が草原の彼方にまでいる。こうなってくるとシマウマ、ヌー、ガゼル、バッファローなどは珍しくなくなる。シマウマなど見つけても何だシマウマかとなり、最初に見つけた時の歓声は忘れたのと反省する。
 続いて待望の肉食動物やゾウなどの巨大動物だ。
 先ずはチーターの親子の群れを木立の下に見出す。ここでは車は道の上しか走れないのでやや遠くから眺めるのみ。続いてライオン。雌2頭と何れかの子一頭。道より数十メートル先に見出す。ここでとんでもない椿事が起きた。数台のサファリ・カーが周辺に集まり見守る内だんだんこちらに近づいてきた。よしよしと思っていると、一頭の雌ライオンが私の乗っている車の前を横切って行った。続いて子連れの雌が近づいてきた。車の前を横切ると思っていたところ、何と私の車のボンネットの上に飛び乗ってしまった。これには仰天。というのは、サファリ・カーの屋根は乗客が見やすいように車体の本体と切り離して、ヒンジを使って40〜50cm上げられるようになっていて、車体上辺との間に隙間が出来ている。そしてそのヒンジは手動でしか操作できない。操作のできるガイドの運転手はフロントガラス一枚越しに巨大なライオンと向き合い恐怖のあまり後ずさりしょうにも運転席は後ろが仕切られており下がれない。しかしここにはライオンは入れないので安全で、危険なのは後部座席の3人の客。しかも屋根の上下の操作方法は知らない。隙間から飛び込まれたら終わりだ。もう観念するしかない。ただここのライオンは人間の味を知らない筈だ。そうならば余程餓えていない限り、騒いだりして逆にライオンを脅かさなければ襲っては来ない筈だと信じ小さくなって静かにしていた。ライオンもボンネットの上に静かに横たわりおとなしくしていたので、ただただ時の過ぎるのを待った。やがて2〜3分後ライオンは降りていった。やれやれ助かったと安堵したが、命の縮む思いのいっときであった。無事に済んでしまえば、稀にみる体験であった。嘘でない証拠、写真を見て下さい。この写真は同乗者の一人で前の方に座っていた方がライオンは襲ってこないと思われるようになった頃撮ったものです。運転手が写ってないのは精一杯後ろに下がっていたため。
 このあと1頭の離れ雄ゾウが近づいてくるのを待ち伏せする。間近に見られたものの今度はゾウには食われる心配はないが、怒らせて体当たりでもされたら車などひとたまりもないので、ごく近づいて来た時は冷や冷やした。かくして数多くの野生動物を見られた喜びとともにスリル満点の午前中のサファリは終わり、午後からは、原人類発祥の地といわれる大地溝帯の中のオルドバイ渓谷に向かった。
 翌日の昼間は移動に費やす。一昨日の道を戻り国境の町ナマンガよりケニアに入り、15時半頃キリマンジャロ山麓に近いアンボセリ国立公園に着く。大部分が未舗装の道約300km弱の埃りにまみれたドライブであった。
 公園入口にて手続き中には、車にマサイ族の女性の土産物売りが窓に寄ってくる。アンボセリ国立公園は面積約400平方kmの一大サバンナが広がる。早速サファリ・ドライブをしながら進む。遥か地平線に蜃気楼が浮かぶ。この地での遊牧を特別に許可されているマサイ族の牛の大群の長い列や、野生のシマウマ、ヌー、トムソンガゼルの群れを見つつ進む内、数頭のキリンが列をなして進んでいるのに出会う。さらに進むとゾウの群れに遭遇。5〜60頭は群れをなしていた。生まれたばかりと思われる小象を含めて子供のゾウを母親などの雌ゾウが囲んで歩いている。小さな水溜りもあり、そこで子供ゾウは遊んでいる。しばらく写真を撮りながら眺めて時間を過ごす。この群れを仕切っているのか、立派な一物をぶら下げた雄ゾウが一頭悠々と歩いて行く。いろいろ見飽きず進む内、公園はずれにあるロッジに着く。  翌朝日の出前の6:30よりサファリ・ドライブに出る。全くの快晴でキリマンジャロ山には雲ひとつかかっていない。こんなことは一年のうちに数えるほどしか無いそうだ。山頂から次第に赤らんでいく。やがて草原の東より太陽が昇り始める。一同しばらくこの絶景を楽しみながら時を過ごす。サファリ・カーを進めると、2頭の子供を連れた雌ライオンと雄ライオンに出会う。この公園地区には嘗てライオンは多くいたが、密猟で激減しておりここでライオンを見られるのはラッキーだとガイドがいう。雄ライオンの近づくのを見て子ライオンは木立のなかにかくれる。雄は雌に徐々に迫りつつ2頭は少し離れた距離を保ちつつ歩いていく。やがて子供が安全に隠れたことを確認した雌は雄を許容したようで間隔を置きながらも互いに座って向き合って憩う。
 いつまでも見てられないので、ここを去り次の予定の公園内のマサイ族の集落へ行く。ここでなんとマサイ族の成人男女が伝統の衣装を纏って歓迎してくれる。7家族92人の集落という。続いて集落の中に案内してくれる。かれらの集落は広い草原の中に孤立しているので野生動物の襲来を防ぐため周囲を鋭い棘の多い木で取り囲んでいる。中央に広場があり、それを取り囲んで住居がある。住居は乾燥させた牛糞と粘土を捏ねあわせたもので造ってある。広場で伝統の踊りや火起こしの実演のあと、住居の内部を見せてくれる。住居には小さい明り取りの窓があるだけなので内部は暗い。何か縄文時代の竪穴住居を思い出させるようだ。
 そのあとキリマンジャロ山を遠望する隣接の外の広場での伝統作品の野外売り場へと案内される。マサイ族は顔が小さく精悍で9頭身のようにスマートだ。誇り高い民族で近代文明社会には融けこまず伝統の遊牧生活を送っている。しかし文明の波には逆らえず生活は苦しいようだ。そのため誇り高い民族が、お金のためこのようなことをしているのは、前述の観光客の車に寄り付く物売り集団とともに悲しく思った。でも彼らは遊牧生活においても、常に赤い伝統の衣を纏い片手に杖(昔は槍)を持ち、広い草原を凛とした姿勢で行動しており、その姿は印象的であった。
 ここを去ってサファリを続けキリン、ゾウ、ダチョウや相変わらずのシマウマ、ヌー、などを見ながら進み公園にサヨナラする。 北に進みナイロビを経て、第2の高山ケニア山(5190m)を仰ぐ森林に囲まれたアバーディア国立公園に着く。400km強、約8時間の道中であった。
 アバーディア国立公園内のロッジ、ジ・アークはロッジの建屋の前庭に水飲み場になる池があり、野生動物の好む塩を撒いているのでここに野生動物がやってくる。照明がしてあるので、夜や朝方ロッジの観察窓よりいながらにして眺められる。事実ゾウ、サイ、バッファロー、ガゼル、ブッシュバックなどがやってきた。なお、このロッジはノアの箱舟の形をした建物で知られている。
 翌日はフラミンゴの群生地として有名なナクル湖国立公園へと向かう。文字通りのガタガタ道を走る。
 途中赤道線上の地に立ち寄る。流水の渦巻きは、北半球では時計回り、南半球ではその逆となる。中央に小穴を開けた皿に水を張っての実演を見る。赤道線上より南北それぞれ10メートル程度離れた地点で明瞭に差が見られる。赤道線上では渦を巻かない。赤道線上通過証明書を貰う。途中、落差約70mのニャフルの滝を観光し、昼過ぎにロッジに着く。
 16時頃よりサファリに出かける。ガゼル、インパラ、ウォーターバック、エランドなどのレイヨウ類やシマウマの群れを見つつ進むと2頭の白い靴下を履いたようなウガンダキリンが水飲みに近づくのに出会う。このキリンはもともとこの地に棲息していたものではなく、ウガンダで絶滅の危機に瀕したのでこの地に移したものが定着したそうだ。
 木立の間に白サイを見つけながら湖岸へと進むと、いるいる、先ず目に入ったのはペリカンの大群。続いて進むと今度はフラミンゴの大群。湖岸の水辺一面を埋めつくしている。話に聞いたり、写真で見たとおりだ。
 そろそろ暗くなってきたので、戻り道を辿ってくるとなんと白サイ3頭が戻り道に近づいてくる。車には慣れているのか、こわがることも、襲おうとすることもなく、もくもくと草を食みながらやってくる。今日は白サイの当たり日だ。その後も別の2頭に出会う。なお、この地は大地溝帯の中にある。
 ナクル湖は一泊のみで、翌朝早く出発し悪路を走ること約5時間マサイマラへ到着。マサイマラ国立保護区はケニアで最も動物相が豊かな地区である。総面積1672平方キロ、タンザニアのセレンゲティ国立公園に接する大草原を中心に、丘陵、疎林帯、川、沼沢地と変化に富む地区である。「ビックファイブ」と呼ばれるゾウ、サイ、ライオン、ヒョウ、バッファローをはじめキリン、チーター、ジャッカル、ハイエナ、ダチョウ、さらに草食獣のトピ、インパラ、トムソンガゼルなどのレイヨウ類や、シマウマ、ヌーの数万頭の大群、そして屍肉を漁るハゲタカやハゲコウなどの鳥類と多士済々の野生動物が棲息する。またこの地区は、南に接するタンザニアのセレンゲティ国立公園より100万頭といわれるヌーの大群が夏に川を渡って移動してくる「ヌーの大移動」でも有名である。今年は7月下旬と予想されこれに出会うことは出来なかったが、この大移動は乾季のこの頃セレンゲティは草も枯れるのに対し、マサイマラは近くのビクトリア湖の影響で雨が時々降るので草も枯れないためと言う。乾季の盛期が過ぎるとまた戻って行く。
 ここには連泊する。到着した日の夕刻、翌日の朝・夕と3回サファリ・ドライブに出る。さすがケニア最大のライオン棲息地と言われるだけあって、さまざまなその生活が見られた。先ずは狩りをした直後にその獲物を食べているところや食後の昼寝。獲物はトピだったりヌーだったりしたが、何れもアバラ骨が浮いて見えたり、脚が散乱していた。次には雌雄2頭のライオンのランデブー。暫く一緒に歩み、とうとう交尾に至るその瞬間を見る。
 更には前記の数々の種類の動物や鳥類が見られたほか、マサイマラには全体で15頭しかいないと言われている内の一頭のクロサイを間近かに見られるという幸運に恵まれた。また草原の果てに沈み行く美しい夕日を眺めつつロッジに戻る時、ロッジ近くでサバンナ・ヒヒの出迎え?にあう。子連れの2〜30頭の群れで乳を吸う子や母親の背中にしがみついて移動する子などが見られた。この日で予定の観光スケジュールは終わる。
 翌日はロッジから草原を南下し最後のサファリを楽しみながら飛行場に向かう。ナイロビまでの道は悪路なので帰りは空路を使う。飛行場といっても草原の草を払い平らにしただけの無舗装の裸地の滑走路である。あとバラックのような木造の待合室の建屋と同じくお粗末なみやげ物売りの店と風向きを知らせる旗があるだけ。ここから50人乗りの4発プロペラ機でナイロビ空港に向う。その後、ホテルで休みを取り、深夜ナイロビ空港を飛び立ちアムステルダム経由で帰国した。
 日本からの往復長時間の空路に加え、現地でもサファリ・カーでの長時間の移動があり、連日早朝と夕刻のサファリで私どもの年齢にとっては随分と疲れた旅であったが、野生の生き生きとした動物群を間近かに見られた思い出に残る旅であった。
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